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2010/03/30

予告 : 1944年7月、パプアニューギニア・アンボン司令部水戦基地

終戦一年前、亡父は南方前線パプアニューギニアにいた。
連合軍の「飛び石作戦」で前線というには多少緊張感の抜けた状態で
あったらしいがP38や、P51の連合軍オーストラリア空軍の機銃掃射は
毎日あったらしい。

任務は二式水戦の整備だったらしいが、それより食料確保が最大の
仕事だったという。

食料・・・・・四方海の島にあって、食料は魚だった。
機雷を泳いで沖にしかけてきて爆発させ、また泳いで気絶している
魚を確保してくるという、整備兵とは思えない仕事の毎日だったらしい。


R0013701anbon.jpg

続きます。
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コメント

非公開コメント

今日は!

お父様は軍人だったのですね。

いろんな思いをされて、生きてこられたのだと思います。 

映画のように戦闘シーンだけでなく、これが「戦争」なのですね v-222

撃墜王・・・(ここでもうスゴイ)ナガモトさんへ。

いつもありがとうございます。

祖父も陸軍軍人でした。
我が子も自衛官であります。

オイラだけ軟弱な右派ですw
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